これは10年以上前に、まだ私が大学院生のシティボーイだった頃の話です。
いつものように人の群れを掻き分けて渋谷をジャージ姿(!?)で闊歩していた時のことでした。
珍しく露店のような出店で客寄せが行われており、なんだか東南アジアみたいだなぁと思った矢先、次の言葉が耳を打ちました。
「閉店セール!安いよ安いよ、あのルーチェが2000円!」
(ルーチェってなんだろう???)
興味の引くままに露店に吸い込まれてみたものは、一見安っぽそうな時計でした。
(なんだ、東南アジアでよく見る時計の露店か、、)
と思いつつ視線を時計から少し下にずらすと、そこには20,000円の文字が。
(20,000円が2,000円か、定価の1/10だし統計的に安いじゃんか)
この心の動きを察知したであろう呼び込みの店員が、カランカランと呼び鈴を鳴らせてけたたましくこう叫びました。
「タイムセール!閉店間際のタイムセール!!あのルーチェがなんと1000円!!!」
ふと気づくと、「ルーチェ1つ!」と声高に叫んでいる自分に気づきました、さも、ずっと欲しかった有名ブランドの時計であるかのような確信に満ちた力強さで。
「ルーチェ1つ、お買い上げありがとうございます!」
威勢の良い声で店員が呼応し、貧乏学生にはそこそこのお金である1000円を支払って、よくわからないメーカーの時計を手に入れたのでした。
研究室に戻ってこの話をしたら、時計に詳しいおしゃれ同期に「ルーチェなんて聞いたこと無いし、これ100均とかに売ってある時計と変わらないじゃんw」とバカにされたことを今も鮮明に思い出します。
数か月後、たまたまルーチェを買った店のそばを通りかかったところ、相変わらず閉店セールの名の下に、あのルーチェが1000円で売られてました。
商品の値札は売り手次第であり、金銭的価値は相対的である事実
経済学では、価格は需給が決めると言われます。
買い手がこの値段なら出してもいいかなという値段が商品の値段であるという意味です。
しかし、これは効率的市場でコモディティ化された商品のお話です。他に比較対象が無い商品や、特定の場でのみ入手できるようなもの、逆に田舎で手に入りづらいものなどはその限りではありません。
価格は需給が決めるというのはあくまで一般論であり、ルーチェを1000円で掴まされた貧乏学生の例を見ずとも、えてして売り手が価格を決めます。場合によっては相手の召し物や反応で値段を決めます。東南アジアを旅したことがある人ならよくお分かりですよね。
経済系読み物の名著として誉れ高い『予想通りに不合理』にもこの価格設定の例が紹介されております。例えば、レストランではあえて価格がかなり高いメニューを入れ込んだりします。このメニューは、売れなくて良いメニューです。たとえ売り上げがゼロでも、この高価なメニューがあることでお客さんの想定単価(値段の基準)が上がるため、本当に売りたいメニューを心持ち高めな値段設定にしても売れるようになるのです。
売れなくてもよいメニューがあるなんて驚きですよね。この例からわかることは、人にはモノの値段に対する明確な判断基準が無いということです。つまり、店側がメニューを巧みに工夫することにより300円で売るべき商品を500円で売ったりできてしまうということですね。
ちなみに、『予想通りに不合理』には、新聞販売についてのセールステクニックも紹介されておりました。
たとえば、紙の新聞単体の値段を月3000円とします。一方で、電子版を月2500円とします。
この条件で、紙&電子版をセット価格で4000円とすると、このセット版が飛ぶように売れるそうです。15年以上前に読んだ本なのでうろ覚えであり、実際に書かれていた価格は異なるでしょうが、要点は同じです。電子版は一度作ってしまえば追加コストは発生しませんから、セット価格で4000円として売れれば売れる程粗利はガンガン膨らみます。
このように、価格設定を含めた企業のマーケティング・セールス手法というのは実に巧妙です。ルーチェで1000円払った青年は、定価という売り手側がどうとでもできる設定価格と、閉店セールでただでさえ安い2000円が1000円になるという巧みな手法により騙されました。私が騙された理由は、経験不足と無知によるものです。
この手の手法は、世の中に幾らでも存在しております。そして、残念ながらセールス手法を学ぶかもしくは何度か騙されるかしない限り、誰でも騙されてしまう可能性があります。特に、不動産関係などといった高価な買い物で騙されたら人生詰んでしまうかもしれません。
この手の高価な買い物をする際は、市場価格を調査して似たような物件の相場を調べたり、可能であれば相見積もりを取るなどといった対策が有効です。しかし、もっとも効果があることは、セールススキルや詐欺の手法を体系的に学ぶことです。
値段というものは往々にして売り手が決めてくるものであるため、高い買い物ほど冷静になって下調べをした上で購入すべきだということを、若かりし日のとある大学院生はルーチェを買って学び考えたのでした。
まとめ
お金とは人工的に作られたものであり、杓子定規に決められた尺度ではありません。
やり手のセールスマンであればいとも簡単にその尺度を一般的な相場から捻じ曲げることが可能です。これを防ぐためには、経験を積むかセールス手法を学ぶしかありません。
前段では『予想通りに不合理』を紹介しましたが、悪質な営業に騙されないためのバイブル本があります。もしくは、あなたが営業する場合には学んでおくべきスキルが網羅されている本です(とはいえ悪用厳禁です)。
その本の名は、『影響力の武器』です。「返報性の原理」、「フットインザドア」など、聞いたことがあるようなオーソドックスな手法から、クリスマス商戦でメーカーが仕掛けてくる実に巧妙な罠(無防備だと子供へのプレゼントを二度買わせてくる!)や、悪質な詐欺の手口など一通りのセールス知識が学べる傑作で、私が1000冊以上の本を読んできた中でトップ10に入る座右の書です。
まだお読みでない方は、パンデミック商法により世の中の先行きが不透明になりつつある今こそ学んでおくべき知識・スキルが得られるかもしれません。
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